
ベトナム中央高原の小さな村、バオロクで生まれる。
レ・ドゥイ・ナットはベトミンの一員としてフランスと戦った経験を持つ。フランス軍の撤退後はベトナム共和国軍(ARVN)に入隊。
1957年、当時創設された南ベトナム軍特殊部隊(LLDB)に入隊し、訓練課程においてアメリカ軍レンジャー部隊を模範とした訓練を受けた。第5特殊部隊群A216分遣隊でポイントマンとして活躍する戦闘技術の基礎はLLDBの訓練によって培われたものであろう。
ベトコンに関する知識とジャングルでの戦闘技術に豊富な経験と技術を持っている。
さらに、LLDBでアメリカ軍レンジャーから英語を学び、フランス語といくつかのモンタニヤード(山岳少数民族)の方言を話すことができる。
彼の任務は、A216分遣隊の任務に随行しポイントマン兼通訳を務めることである。

レ・ドゥイ・ナットが11歳の頃に日本軍の進攻によって両親を失い、妹と共に叔父夫婦に引き取られている。この経験から彼は兵士としての人生を歩むことになる。日本軍を撃退し両親の仇を討ったとき、彼の妹が酔ったフランス軍兵士の車がおこした事故に巻き込まれて死亡してしまう。ここから彼の新たな復讐の戦いが始まった。当時の彼の心の中には混乱と不信が渦巻いていたのであろう。
彼は当時の共産主義の指導者に疑問を持つようになっていた。そして最終的には不正を繰り返す共産主義の政治犯を射殺してしまう。彼は軍を脱走し中央高原の故郷に潜伏した。
中央高原での生活は、平和で彼の怒りを忘れさせた。しかし、その生活は長く続かなかった。北ベトナム軍兵士が村に現れ食料を強奪し、兵士となる若者の供出を強要したのだ。彼は北ベトナム軍兵士との交渉を試みたが、北ベトナム軍兵士は脅迫をやめようとしなかった。ナットは怒りに身を任せて兵士たちを皆殺しにしてしまった。彼は村を去り、南ベトナム軍に身を投じるためにサイゴンに向う。

レ・ドゥイ・ナットは政治信条を重視する。彼は自分の戦いの大義に一片の疑いを持たず、敵を激しく憎んでいる。北ベトナム軍に平和な生活を奪われ、アメリカ軍の指導を受けた彼にとって、アメリカ軍特殊部隊に協力することは何の疑いのないことであろう。
ベトナムの地理や文化に詳しく、多数の言語を話すことができる彼は、第5特殊部隊A216分遣隊にとって非常に重要な戦力である。
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