メダル オブ オナー ヨーロッパ強襲

ストーリー

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サン・ナゼール強襲

 1942年初頭、イギリスは大きな苦難に直面していた。Uボートの通商船破壊活動により大西洋航路が寸断され、食料と軍需物資が欠乏するという事態に至ったためである。事態がすぐに打開される見込みはなく、人々は戦意を失っていった。このような状況下でイギリス軍指導部は「チャリオット作戦」を発動させる。それは多くの者が無謀と考えた強襲作戦であった。

大胆不敵なる計画

 無謀ともいえるチャリオット作戦が発動される決め手となったのは、ドイツ軍最強の戦艦ティルピッツであった。ドイツ軍はこの巨大戦艦の大西洋進出をもくろみ、イギリス軍はそれをなんとしても阻止しなければならなかった。Uボートという眼下の脅威、そこへティルピッツの強大な破壊力が加われば、イギリスの補給線は完全に絶たれ、戦争継続は不可能になるからだ。

 とはいえ、すさまじい火力に加え、巨大で高速のティルピッツを撃沈することは至難の技だ。そこでイギリス軍は、当時ノルウェー水域に派遣されていたティルピッツから矛先を変え、フランスのサン・ナゼール港に対する奇襲作戦を計画する。サン・ナゼールには、ティルピッツの修繕を当時唯一行える修理ドック、ノルマンディ・ドックがあった。イギリス軍はティルピッツ"本体"ではなく、その"拠点"を叩き、大西洋への進出を封じるという奇策に訴えたのであった。

 だがドイツ軍の抵抗は激しく、上陸した兵士たちは思ったほど港湾施設を破壊することができなかった。海上の艦隊も激しい砲撃を受け続けた。結局、この作戦を終えて無事にファルマスへ帰還できたのは、出撃した21隻のうち3隻にすぎず、参加兵士611名中160名が戦死、200名以上が捕虜になったのであった。

作戦決行

 サン・ナゼールへの爆撃は無意味と判断された。適切な施設だけを破壊して港を使えなくすることは、非常に困難だったからである。そこでイギリス軍司令部は、空ではなく海からの攻撃を採用する。艦艇を港に接岸させて兵士を上陸させ、大量の爆弾を仕掛けようというのだ。かくして連合作戦部長ルイス・マウントバッテン卿は、陸軍コマンド部隊と海軍の兵士で構成された部隊に出撃を命じた。

 1942年3月26日、21隻の艦艇がイングランド南西部にあるファルマスを出航した。イギリス海峡を横切り、フランスの突端に位置するブレスト近くで進路を南東に変え、一路ロアール川河口のサン・ナゼール港を目指す計画であった。

勇敢なる試み

 ロアール川河口を目指すイギリス軍は、ある秘策を用意していた。艦隊の先頭を進む駆逐艦キャンベルタウンを、ドイツ軍の駆逐艦に偽装しておいたのである。さらにイギリス軍は敵の混乱を招くべく、ドイツ軍の信号を調べ上げ、マストにはドイツ軍旗を掲げていた。

 策は見事に功を奏し、ドイツ船団のふりをしたイギリス軍艦隊が「緊急事態発生」の信号を港に送ると、一時的にドイツ軍の警告射撃は止んだ。しかし、ドイツ軍はすぐに以前にまさる激しさで射撃を再開。そして、反撃を我慢し続けたイギリス軍から次の電文を送られる。「諸君は友軍を誤射している。即座に射撃を中止されたし」。これを受けたドイツ軍は、またも射撃を中止してしまうという混乱ぶりであった。こうしてイギリス艦隊は、本格的な攻撃を受ける前に、まんまと目論見どおり河口への侵入を果たしたのである。

激戦の始まり

 船団が敵艦隊であることをようやく確信したドイツ軍は、あらゆる火器を用い攻撃を開始した。港と河口の両岸に据えつけられた砲が火を吹き、イギリス艦隊に吸い込まれていく。とりわけ攻撃が集中したのは、偽装したキャンベルタウンであった。だが、ドイツ軍はキャンペルタウンの艦首に、大量の爆薬が搭載されていることを知らなかった。

 探照灯に照らし出されたキャンベルタウンは、護衛にあたっていた他の艦艇ともども、岸からの砲撃によって大損害をこうむった。だが、キャンベルタウンの突進は止まらなかった。キャベルタウンは、魚雷網をも引き裂き、鋼鉄で作られた乾ドックの外側ゲートに突っ込むと、そこでようやく停止した。間髪いれず、コマンド部隊を先頭にして、イギリス兵たちは港へ上陸していった。

被害甚大なるも、我ら勝利せり

 だがドイツ軍の抵抗は激しく、上陸した兵士たちは思ったほど港湾施設を破壊することができなかった。海上の艦隊も激しい砲撃を受けつづけた。結局、この作戦を終えて無事にファルマスへ帰還できたのは、出撃した21隻のうち3隻にすぎず、参加兵士611名中160名が戦死、200名以上が捕虜になったのであった。

とはいえ、当初の目的は達せられた。3月28日の午前、奇襲作戦開始から数時間後に、キャンベルタウンに仕掛けられていた爆薬は予定どおり爆発し、ドックのゲートを破壊したのである。これによってサン・ナゼールのドックは終戦まで使用不能となり、大西洋が戦艦ティルピッツという暴君の狩猟場となる事態は避けられたのであった。