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ヨーロッパ1942-1945
ゲームの特徴
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ヒント&チップス
インタビュー

マイク・パウエル中尉
ドイツ軍

武 器
兵 器

パッチ
デ モ
壁 紙
スクリーンショット
ムービー
日本語版トレーラームービー
 

対戦車兵器が歩兵に必要という要望に応え、兵器部に所属するレスリー・A・スキナーとエドワード・G・ウルが、電動発射機構を採用した金属製の筒を開発した。1942年の初頭のことである。それまでアメリカ陸軍歩兵部隊は、戦車の進行を阻止できるほど威力のある対戦車用ロケット砲を持っていなかった。
もうひとり、兵器部に所属するヘンリー・H・モホープは、歩兵が戦車に対して使用することを目的とした、指向性手榴弾の開発に取り組んでいた。モホープの開発したM10手榴弾の重量は3.5ポンドもあり、これを標的に対して的確に投げることは不可能だった。ところが、スキナーとウルの2人が、この手榴弾をバズーカ砲へ込めて試したところ、連続して3発が命中するという好結果が得られた。兵器部は、この結果を見て新兵器にすばらしい価値があることを知った。
バズーカ砲はアメリカの同盟国にも大量に送られた。ドイツ軍も奪ったバズーカ砲の設計を模倣して、パンツァーシュレック("戦車にとっての恐怖")という武器を作ったほどである。ちなみに、バズーカという名称は、喜劇俳優ボブ・バーンズが考案したトロンボーンに似た楽器に由来している。

特徴

  • 狙いは正確だが、装填に時間がかかる。


スプリングフィールド’03狙撃ライフル
正式名称は「U.S.ライフル、30口径、モデル1903」だが、実際にはスプリングフィールドやスプリングフィールド’03、あるいは単なる’03という呼び名で呼ばれていた。ボルトアクションのこの小銃は、1903年にアメリカ陸軍に採用され、1936年までアメリカ軍の標準小銃として使用されていた。
1906年、’30口径カートリッジに改良が加えられ、M1906カートリッジという名称に改められた。これは30-06として広く知られている。このカートリッジは、その後50年間、アメリカ製のライフルと機関銃の標準カートリッジとして使用されつづけた。
1936年、スプリングフィールド’03はM1ガーランドにその座を奪われたが、第2次世界大戦でもスプリングフィールドは数多く使用されていた。ノルマンディー上陸作戦では、主に狙撃銃として使われた。ほとんどの歩兵は、ボルトアクションの小銃より、半自動小銃や自動小銃を好んだ。スプリングフィールドは、ガーランド、M1カービン、そしてブローニング自動小銃に射撃速度では劣っていたが、これらに勝る精確さを備えており、これこそがこの銃の長所であった。

特徴

  • セカンダリ攻撃キーを使用してスナイパーモードに入ると、より精確な射撃ができるようになる。スコープが表示されると目標がズームされ、十字型の照準が表示される。
  • スナイパーモードになっていないときは、普通のボルトアクション式小銃と同じように機能する。
  • 武器の発射に多少の反動がともなうので、射撃後に照準がずれてしまう。


30口径、M1ライフル、通称ガーランドと呼ばれるこのアメリカ製の小銃は、アメリカ軍歩兵部隊の標準武器である。発明者ジョン・C・ガーランドにちなんで命名されたこの小銃は、実戦で大量に使用された最初の半自動小銃であった。1936年陸軍に採用されたが、1943年までは供給不足が続いていた。しかし、戦争が終了するまでに、400万丁以上が生産された。
ガーランドは分解や整備が容易だった。また、口径、銃口速度、半自動操作といった諸性能のおかげで、ボルトアクションの小銃を上回る火力を備えていた。欠点を挙げるとすれば、使い切っていない弾倉を交換することが難しかったため、弾倉を空にするために無駄弾を撃つ兵士が多かったことぐらいである。

特徴

  • M1は弾を撃ち尽くすと銃身から排出される特殊な弾倉を採用していた。弾倉が排出される際には独特の音がする。
  • 武器の発射に多少の反動がともなうので、射撃後に照準が上にずれてしまう。連射を行なうときは、射撃中照準を下に向ける作業もしなければ、ドンドン弾道がずれていってしまう。


MP38(致命的な欠陥である弾詰まりの危険性があった)から進化した機関銃。MP40はMP38の撃鉄に改良を加えて問題を解決することで生まれた。接近戦に効果的で、単純な構造をしていた。また、プレス材を使っていたため、非常に安く製造することが可能。終戦まで大量生産がつづけられ、ナチスドイツが崩壊した時点でその生産数は900,000丁に達していた。

特徴
  • 完全連続発射が可能。
  • 武器の発射に多少の反動がともなうので、射撃後に照準が上にずれてしまう。連射を行なうときは、射撃中照準を下に向ける作業もしなければ、ドンドン弾道がずれていってしまう



ブローニング自動小銃(BAR)の初期バージョンであるM1918A1は、第1次世界大戦中にアメリカ兵によって実戦で初めて使用され、第2次世界大戦では大量に導入された。BARは、過酷な条件下でも信頼できることが高く評価され、1940年にはモデルM1918A2が採用された。
この新型は、前の型と異なり、スローモード(1分間に300〜450回の連射)とファストモード(1分間に500〜650回の連射)の2つの自動モードでしか発射できず、半自動モードでの発射はできない設計になっていた。ただし、どちらの型も広く使用されていた点は共通している。BARは信頼性が高く、連射速度が速く貫通力を兼ね備えていたため、現場では人気の高い武器だった。オーバーヒートを軽減するためのクイックチェンジバレルを備えていなかったのが、唯一ではあるが大きな欠点だった。

特徴
  • 完全連続発射が可能。
  • 武器の発射に多少の反動がともなうので、射撃後に照準が上にずれてしまう。連射を行なうときは、射撃中照準を下に向ける作業もしなければ、ドンドン弾道がずれていってしまう



コルト.45は、1911年の採用から1984年にその役目を終えるまで、アメリカ陸軍御用達の補助火器であった。当初、この銃の自動装填メカニズムには疑問が持たれており、採用に踏み切る前に、アメリカ陸軍は発明者であるジョン・M・ブローニングに対して、構造の改善を要求した。後継型であるM1911A1は、複座バネの力を利用してスライドを押し戻して薬莢を排出し、撃鉄を起こし、再装填するという動作が瞬時にできるように改良された。この完成バージョンは、前バージョンである38-cal M1900よりも優れた打撃力を示しただけでなく、自動装填機能の改善によって以前を上回る高速射撃が可能になっていた。第1次世界大戦において、入隊した全兵士の半数以上がコルト.45を携帯していたが、第2次世界大戦になると軍規によって歩兵はコルト.45の使用を禁止された。しかし、多くの兵士がコルト.45を最後の頼りにしていたので、この規則の実効力はほとんどなかった。

1945年、対日戦に勝利したアメリカ陸軍は、コルト.45の発注をキャンセルした。それから39年間、使用されていたコルト.45はすべて中古品を修理したものであった。信頼性と照準精度に優れたコルト.45は、これまでにアメリカ軍が採用した中で最高の補助火器と言えるだろう。




スプリングフィールド’03小銃とコルト.45ピストルの開発を支援したジョン・T・トンプソンは、1918年に陸軍を退役してまもなく、接近戦のための「トレンチブルーム(塹壕のほうき)」の開発に取りかかった。彼はM1911ピストルの45口径銃弾を全自動火器によって連射発射すると、物凄い破壊力が得られることを知っていた。1920年の春、トンプソンは自社(オートオードナンス)で、毎分800発の発射能力を備えた試作品を完成させた。その試作品のテスト結果はすばらしいものだったが、アメリカ陸軍と海兵隊のどちらもトンプソンを採用しなかった。
それでもトンプソンは、「トンプソン短機関銃モデル1921」と名づけられたこの銃を、15,000丁製造するという契約をコルト社と結んだ。コルト社によるこの15,000丁の機関銃の製造は、第2次世界大戦の直前までつづけられた。1940年、アメリカ陸軍は20,000丁のトンプソン短機関銃を発注し、さらに1941年には319,000丁の追加発注を行った。トンプソン短機関銃の長所の1つとして信頼性が挙げられる。汚れ、泥、雨などの悪条件にさらされても、その他の短機関銃よりも優れた性能を発揮したのである。この銃の不満は、その重さ(10ポンドを超える)と50ヤードを超えると照準精度が落ちること、そして貫通力の不足(これは第2次世界大戦で使われた短機関銃に共通の不満であったが)だった。

特徴

  • 完全連続発射が可能。
  • 武器の発射に多少の反動がともなうので、射撃後に照準が上にずれてしまう。連射を 行なうときは、射撃中照準を下に向ける作業もしなければ、ドンドン弾道がずれていってしまう


ドイツ軍は他の兵器と同様、手榴弾についても様々な種類を開発した。その中でも高性能手榴弾のものが、スティールハントグラナーテ24(「柄付き手榴弾24型」)と、それよりも小型で卵形をしたアイハントグラナーテ39(「卵形手榴弾39型」)の2つである。
この2つのうち、柄付き手榴弾の方がよく知られており、第1次世界大戦で広く使われ、第2次大戦が勃発するまでの期間に様々な改良が施された。柄付き手榴弾は、TNT火薬が詰まった薄い金属製の容器と木の柄によって構成されている。テコの原理により、この手榴弾は卵形の手榴弾よりも簡単に投げることができた。柄付き手榴弾を起爆させるには、まず柄の下にある金属製のキャップを緩め、柄の中のコードに接続されている磁器製のビードを剥き出しにする必要があった。このビードを引っ張って摩擦点火装置を作動させると、4〜5秒後にTNT火薬が爆発するのである。戦争末期になると、金属ではなく、コンクリートや木の容器を使ったタイプも登場した。

特徴

  • 投げた手榴弾を敵が拾い、投げ返してくることもある。
  • アンダースローで狙った場所(物)の下に投げ入れることもできる。
  • 爆発すると、手榴弾は少量の破片を飛散させる。与えるダメージは少ないが敵をうろたえさせるのには充分である。


アメリカ兵は第2次世界大戦中に様々なタイプの手榴弾を採用していが、主に使用されたのはマークII手榴弾であった。卵型のマーク IIは鋳鉄製だった。外側には刻みが付けられていて、爆発した際に多くの破片が飛散するようになっていた。指定火薬はTNTだったが、TNTの供給不足により、開戦時のマークIIの多くにはニトロスターチ化合物が充填されていた。マーク IIの場合、信管が作動するまでの時間は4〜4.8秒だった。殺傷半径は5〜10ヤードだが、飛散する破片には最大で50ヤード離れた場所にいる人を殺傷する能力があった。投擲距離は35〜40ヤードといったところなので、爆発するまで兵士は頭を低くしていなければならなかったわけである。その他にヨーロッパでアメリカ兵に支給された手榴弾としては、発煙手榴弾と燐手榴弾の2つが一般的だった。これらはどちらも、敵から姿を隠したり、砲兵隊や対地支援航空機に標的を知らせたりするために使われた。

  • 投げた手榴弾を敵が拾い、投げ返してくることもある。
  • アンダースローで狙った場所(物)の下に投げ入れることもできる。
  • 爆発すると、手榴弾は少量の破片を飛散させる。与えるダメージは少ないが敵をうろたえさせるのには充分である。


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