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ヨーロッパ1942-1945
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インタビュー

マイク・パウエル中尉
ドイツ軍

武 器
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ムービー
日本語版トレーラームービー
 

兵器担当大臣であるアルベルト・シュペーアは、ティーガーやパンターよりも強力な戦車について考え始めた。1943年1月、88mm砲を装備した新しい重戦車の製作をポルシェとヘンシェルの2社に要求した。その年の10月には、VK.4502 (P)とVK.4503(H)という2つの試作が完成する。ポルシェ社は、回転砲塔の設計に自信を持っており、判定を待たずして生産を始めてしまった。しかし、競争に勝利したのはヘンシェル社で、12月から生産が開始された。最初の50両は、無駄を避けるため、ポルシェの回転砲塔が流用された。

PzKpfw VI Ausf B、別名ティーガーIIあるいはケーニヒスティーガー(“キングタイガー”)は、終戦直前にソビエトのJS-3が登場するまで、最強の戦車として活躍した。しかし、この戦車は重量が11トンも軽いティーガーIと同じマイバッハHL 230 P45エンジンを搭載していたため、ひどい出力不足に悩まされ、出力対重量比は実に貧弱なものだった。試験では41.5km/hの最高速度を記録したが、この速度を維持しようとすれば車両が破損するのは明白だった。しかし、1944年2月にティーガーIIが戦闘に参加する頃には、ドイツはすでに劣勢になっており、機動性よりも重装甲と大火力が重視されるようになっていた。

ティーガーIIは、非常に厚く傾斜した装甲板に守られ、長砲身の88mm KwK 43 L/71速射砲を備えていた。ティーガーIIは、第2次世界大戦におけるドイツ軍最強の戦車であり、遠距離から連合軍の戦車を攻撃することも可能だった。ただし、小回りが効かなかったため、側面や後方からの攻撃を受けやすかった。また、戦闘爆撃機による空からの攻撃にも弱く、巨大な図体は敵から隠れるのを難しくしていた。生産台数はわずか487両。戦争末期に投入されたドイツ軍の数多くの兵器と同様、あまりにも遅すぎ、生産数も少なかったのである。



もともとはVI号戦車と呼ばれ、1942年の後半にロシア軍とはじめて交戦し、次いで1943年の初め頃、西部戦線の連合軍と交戦した。ティーガー(タイガー)という通称は、1944年2月に正式採用された。ゲーム内での最新バージョンは、E型である。

ティーガーは、パンターとは異なり、従来のドイツ軍の方針に基づいて設計された。しかし、外形寸法はすべて大きく設計された。主な武装は8.8cm Kw.K. 36であるが、これは砲塔への搭載が可能なように改良された8.8cm Flak 36である。このような大型砲の搭載は、車体剛性に大きな問題を発生させた。結果としてティーガーの車体は、溶接で全体を接合した大きなプレートによって作られることになった。

上部構造は1つのユニットになっており、溶接によって車体に取り付けられている。砲塔の壁は、U字形に曲げられた厚さ82mmの1枚の大きな装甲板からできている。また、溶接に加えて、ボルトで装甲板は接合されている。導入当時、ティーガーの装甲はドイツ軍戦車の中で最も厚く、前面垂直板は102mm、車体側面は62mmもの厚さがあった。

トレッドの広い交互配置型のクリスティ型ボギー車輪を採用したサスペンションは、それほど複雑なものではなく、このように大きく重い車両によくあるサスペンションの問題をうまく解決していた。

ティーガーのエンジンの性能を最大限に引き出すには、高度な運転技術と修理技術が必要だった。乗員が未熟だと、故障が発生しやすかったのだ。これはこの戦車の重大な欠点であった。



M4A4シャーマン中戦車は、最高時速30マイルで進むことができた。出力、砲の口径、それに装甲の厚さではドイツ軍中戦車にかなわなかったが、真の勝者は数の上で勝るシャーマンと言えるだろう。

シャーマンの総重量は35トンで、500ヤード先にある3.7インチの装甲板を貫通可能な75mm、40口径砲を搭載していた。防御に関しては、前面装甲の厚さが2.8インチ、側面が1.5インチ、背面が1.4インチと、それなりに施されていた。定員は5名で、3丁の機関銃を装備していた。

戦闘能力に関する限り、シャーマンはドイツ軍のどの戦車にも劣っていた。最も戦闘能力の低いIV号戦車でさえ、シャーマンより強力な大砲を装備していた。パンターやティーガーなどは、シャーマンを遥かに凌いでいた。パンターとティーガーの前面装甲の厚さは、それぞれ4.8インチと4.0インチだったので、一対一で対決した場合、シャーマンの大砲では、たとえ近距離でも、パンターとティーガーを破壊することができなかった。また、ドイツ軍戦車の大砲は、シャーマンの大砲より強力であり、遠距離からでもシャーマンの前面装甲を容易に貫通することができた。

シャーマンがパンターやティーガーを倒すには、装甲が薄い側面や背面から攻撃するしかなかった。しかしそのためには、待ち伏せし、隠れた状態から攻撃をしなければならなかった。

だが、シャーマンには、あまり目立たないものの、大きな長所があった。高い信頼性とシンプルさだ。特筆すべきことではないが、激戦の最中では、クラッチの作動不良など、ちょっとしたことが死につながる。退却時には、たとえ些細な故障でも車両を放棄しなければいけなかったのだ。このようなことが、シャーマンではほとんどなかった。また、シャーマンは構造がシンプルなので、膨大な数を生産することができた。第2次世界大戦中に製造されたシャーマンの数は、49,000両を超える。これは大戦中ドイツが生産した戦車の総数を上回るものであった。



小型のFw 190は、第2次世界大戦時の戦闘機の中で、最も偉大な戦闘機の1つである。クルト・タンク博士の設計によるFw 190は、小型迎撃機というよりは、頑丈な万能戦闘機として造られた。Fw 190Aの性能は初期型でさえ、スピットファイヤMk.V.に明らかに勝っていたのである。高高度での性能を除けば、Fw 190はBf 109よりも優れていた。また、星型エンジン搭載したFw 190を元に、何種類かの戦闘爆撃機が生みだされた。

Fw 190Dは、BMW製の星型エンジンではなく、ユンカース製の液冷エンジンを搭載していたため、翼長と機体全長が増していた。Fw 190DはFw 190Aに比べて上昇限界が高く、P-51DやスピットファイヤXIVに匹敵するすばらしい高高度迎撃機であった。この機体を元にして、後にTa 152が開発されることになる。Fw 190は全部で20,001機生産された。



軍用機の歴史上、耐久性と信頼性に関する限り、P-47サンダーボルトに匹敵する戦闘機はそれまで存在していなかった。P-47を操縦して実戦に臨んだパイロットは皆、この戦闘機のことを「不死身の戦闘機」とか「万能戦闘機」と呼んだ。彼らの言っていることは、あながち間違いではない。P-47は、銃弾で穴だらけとなり、翼と操縦翼面がぼろぼろになりながらも帰還したことがよくあったからだ。

あるとき、サンダーボルトに搭乗したチェトウッド少尉は、ドイツ軍占領下のフランスにおいて列車を機銃掃射した後、機体を鉄柱に衝突させてしまった。この衝撃で片翼が4フィート程もぎ取られてしまったが、それでも彼はイギリスにある基地に戻ることができたのである。

P-47の「ジョッキ(Jug)」という愛称は、鼻先が膨れたその形に由来している。だがイギリスでは、Juggernaut(破壊神)を略したものだと信じられていた。この名前には2つの解釈があるが、どちらも正解と言えるだろう。美しい戦闘機とは言えないが、敵に回すと手ごわく、撃墜するのが難しい戦闘機である。

サンダーボルトは、第2次世界大戦における、最大の単発戦闘機である。その姿を見た関係者の多く(特にイギリス空軍)は、Me109やFW190といった敏捷なドイツ空軍戦闘機に対して、優美さに欠け戦闘機としては不適当であると毛嫌いしていた。当時イギリス空軍の戦闘機は、航続距離不足に悩まされていたが、サンダーボルトはこの点が優れていた。結局、マーリンエンジンを搭載したマスタングが完成する1943年の後半まで、サンダーボルトは護衛戦闘機として活躍したのである。



GMC 2トン6 x 6トラックは、「2トンハーフトラック」や「ジミー」という愛称で親しまれていた。あらゆる場所で活躍したこの輸送トラックは、生産数もかなりのものだった。GMC社だけでも562,000台以上、その他の会社で250,000台以上が生産されたのだ。このトラックには、様々な種類の車体(タンク車、手術室を備えた車体、ダンプトラック、移動作業場など)を取り付けることができた。



1930年代後半に生産されたハーフトラックタイプの兵員輸送車T14は、大戦中にアメリカで生産されたすべてのハーフトラックの原型となり、ほどなくしてM2として規格化された。81mmおよび4.2インチ追撃砲を備えた型、75mmおよび105mm曲射砲を備えた型、57mm砲と40mmボフォース砲などの対空砲を搭載した型、.50口径機銃2丁と.50口径機銃4丁を搭載した型、37mm砲と.50口径機銃2丁を装備した型など、この兵員輸送車には多くのバリエーションが存在した。

当初、ハーフトラックは偵察車両と考えられており、小火器に対する充分な防備と高い悪路走破性能を備えていた。陸軍のあらゆる部隊が任務遂行にあたりハーフトラックを使用していた。基本となったM2は、105mm曲射砲の砲台として使用されることを意図して作られた。M3は、M2と並行して生産され、基本的な兵員輸送車としての役割を果たした。M3は固定砲架に.50口径の機関銃1丁を搭載し、10人掛けのシートを装備していた。つまり、ライフル分隊1個運ぶことができたのである。なお、搭乗員は3名であった。




完全武装した兵士、軽戦車、野砲など、上陸作戦に必要な機材と物資を運ぶのに使用された、木材と鉄鋼で作られた各種揚陸艇(LCP、LCPL、LCVP、LCM)の総称。ノルマンディー、ガダルカナル島、タラワ島、硫黄島、沖縄本島、レイテ島、グアム島、その他数多くの強襲上陸を可能にしたのは、このボートがあったからだった。ヒギンズの特異な設計のボートがなければ、連合軍将兵が多大な犠牲を出すことなく、ヨーロッパの海岸や太平洋に浮かぶ島の浜辺へ部隊と資材を大量に上陸させることは不可能だっただろう。


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