2138年の初めごろには、世界の6つの勢力は、残された土地や資源獲得に向けて戦闘準備を整えつつあった。
豊富な農業地帯が残る北アメリカを、アジア連合軍(PAC)が侵略すると予測したヨーロッパ連合(EU)は、兵力を地中海沿岸に配備し、アフリカ連合諸国を援護する準備を進めた。一方、アジア連合は2つの部隊をエジプトにも送り込んだ。世界はこの侵略をヨーロッパ連合の動きを偵察するためとみなしたが、アジア連合軍にとってはヨーロッパに残存する軍事勢力をおびき出すための、単なるおとりに過ぎなかった。
PAC軍は、ヨーロッパでの戦闘に勝利した後、EU軍の支配下であるアフリカ本土への侵攻を始めた。
2142年2月、EU軍は、Mediterranean Wallと呼ばれる防衛線をアフリカ北岸(モロッコ〜エジプト)に形成した。その頃PAC軍は、Kupalo、Dazhbog、Perunという3つの作戦を策定する。実はこれは Operation Motherland を成功させるためにPAC軍が企てた陽動作戦であった。