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献 身 献 身: ジュリアと時計

(Part 7 of 10)

の昔、ミノックは多くの優秀な職人や名匠が集う中心地として王国内でその名を誇っておりました。その中でも最も有名な名工が2人おりました。ひとりは、彫刻家のジャーバイスで、彼はブリタニアの歴史の中で最も優れたアーティストとして知られておりました。彼が岩石や木材から作り上げた品々は頑丈で実用的であるばかりでなく、美術品としても驚くばかりのすばらしさでありました。ジャーバイスが手がけたテーブルやランプは、この地の名家が所有する多くの大理石の彫像や肖像画よりも価値のあるものでした。

ミノックのもうひとりの名工は、より若く、ジュリアという細工師でした。彼女の作った時計は、大事に取り扱って巻き続けさえすれば、100年間で1秒も狂わないとまで言われておりました。彼女は非常に巧妙な装置も発明しました。これらの装置はむずかしい作業を単純にそして正確にこなすために大変役立つものでした。

世の貴族たちが美しさと複雑さを兼ね備えた何かを欲したとき、多くの場合ジュリアとジャーバイスが2人でいっしょに仕事をするようにと、依頼をしてきたものでした。そして、そういった共同作業は伝説的な品々を生み出しました。

ジャーバイスとジュリアにとっても、これらの仕事は、その内容だけでなく依頼主からもらえる報酬についても満足のいくものでありました。そのため、2人はミノックで最も名高いだけではなく、最も裕福な市民でもありました。

さて、ある時、巧妙さと豪華な美しさを兼ね備えた物品が非常に尊ばれるムーングロウの町から、裕福な貴族の使いの者が彼等の下を訪れました。使いの者によると、この貴族が欲するは、美しさと複雑さでは他に見たことのないような大きな柱時計でありました。最高級の木材と大理石を使い、時を告げるだけでなく、2つの月の位相と十二宮の進行、季節、そして、その日の天気予報すらさせよということでした。そして、更に、これらは巧みで面白おかしいからくり人形の一座の動きと、かわいらしい音楽で表現されるのです。この仕事に対する報酬は、材料と経費として直ちに支払われる多額の初回費用、作業中毎年惜しげなく支払われる作業料、そして、完了時のちょっとした財産にも匹敵する成功報酬でした。

ジュリアとジャーバイスは話し合いました。そして、この仕事を完成するためにはまる6年間かかる旨、返事をいたしました。この知らせを聞いた使いの者は、それ以上の交渉は何もせずに、直ちに初回費用を持ってまいりました。

2人は直ちに仕事に取り掛かりました。複雑なプランを練り、スケッチを描き上げ、ムーングロウの依頼人に送りました。それは、依頼人を有頂天にさせるものでした。この時点でジャーバイスは、時計のケースと建具に利用する高級な材料を注文し、またジュリアはからくりの中心部分の作業に取りかかりました。

2年がたち、時計は計画通り形を成してきました。ジュリアは内心ひょっとしたら予定より早く依頼人に時計を届けることができるかもしれないと考えました。すると、ある日、ムーングロウから簡略な手紙を携えたメッセンジャーが訪ねてまいりました。その手紙によると依頼人が熱病により死亡して、彼の財産はすべて彼の妹に相続されたということでした。この女性はその兄の華美な装飾品に対する趣味など持ち合わせておらず、時計が完成させるまでの支払いを続ける気持ちが全くないとのことでした。手紙によると、これ以上の支払いは行われず、契約破棄の代償として未完成の時計の高級な材料を職人達にあげてもよいということでした。

この知らせに対して、ジュリアの憤慨は激しく、長時間、女性にはふさわしくないような取り乱し方をしておりました。しかし、しばらくすると、彼女は、時計を仕上げることができなかったのは残念だが、2人は2年間分の良い収入を得たわけだし、仕方がないと考えることにしました。そして、彼女は、他の職人に譲ろうと考えていた幾つかの仕事の依頼に対する返事の手紙を書き始めました。それに対して、ジャーバイスはと言いますと、彼はふっとため息をついて、じっと座ったまま未完成の時計を夜がふけるまで眺めておりました。

数日後、ジャーバイスはジュリアに対して、材料を売りさばいてしまうより、時計の新しい買い手を探しても良いものかと相談しました。彼女はもうこの時計など2度と見たくないとは思いつつ、同意しました。

それから2年以上、ジャーバイスからの音沙汰はほとんどありませんでした。ジュリアが共同依頼の話をすると、彼は他で忙しいという理由で丁寧に断ってまいりました。ジュリアが時計の新しい買い手は見つかったかどうかを尋ねると、彼は首を横に振り、悲しそうな笑みを浮かべるだけでした。

そうこうしているうちに、ある日、ジュリアが用事で街の近郊にある鉱山のそばを通りかかると、真夏の太陽の下、鉱石を乗せた手押し車を引っ張るジャーバイスを見かけたのでした。ミノックの鉱山は常に労働者を雇っていました。しかし、その仕事は最悪で賃金も町のすべての仕事の中でも最低のものでした。ジャーバイスは炎天下に上半身はだかで、張り出したあばらに太陽にさらされた彼の皮膚が痛々しいまでにぴったりと張り付いていました。信じられず、恐怖に慄きながら彼女が見ている前で、手押し車をささえた彼の弱った手がすべり、空腹と疲労から彼は地面にばったりと倒れてしまいました。それを見た現場監督は、使い物にならない怠け者だと罵りながら、倒れた職人を揺さぶり始めたのでした。ジュリアは罵りと憤りの言葉を発しながら、現場監督にしがみつくと、ジャーバイスはまたその場に倒れこんでしまいました。結局、彼女は坑夫2人にお金を払い、ジャーバイスを担がせて街の彼女の家まで連れて帰りました。

彼は数日間うなされ続けました。ジュリアはその間、スープと水で薄めたワインを彼に与えました。そして、やっと彼は意識を取り戻したのです。彼は真実を打ち明けました。依頼がなくなってしまった後も、彼は自らの傑作となりうるあの時計の仕事を止めることができなかったというのです。新しい買い手はおりませんでした。あんな法外な贅沢なものにお金を払う人などいなかったのでした。それでもジャーバイスは、食べ物を買うために時々引き受けるちょっとした仕事以外、他の依頼をすべて断りました。しかし、ついには疲労で身体が弱りはてるまで時計の作業を止めることができなくなり、やがて仕事を続けることができなくなってしまったというのでした。

ジュリアはこれには大変驚きました。彼女はあらゆる手を尽くして(時には罵ってまで)彼が時計を諦め、以前の職に戻るよう働きかけました。ジャーバイスは静かに聞いていましたが、結局首を振るとこう言いました。「判らないのかい、お嬢さん。お金はどうでもいいんだよ。でも時計はすべてなのさ。」

しかたなく、ジュリアはうんざりしながらも、諦めました。しかし、その後、毎日、彼女の食卓からジャーバイスに食事を届けつづけました。餓死の恐れがなくなったジャーバイスは、貧乏だけども忙しい隠居生活を迎えたようなものでした。一時はミノック1のお金持ちだった彼がです。毎日、彼は時計の仕事をしました。しかし、それはゆっくりと進められました。というのは、彼にはお金がなかったので仕事を速めてくれるアシスタントを雇うことができなかったからです。

2年ほど後、ジュリアの召使が食事を持ってジャーバイスの家のドアをノックすると、ジャーバイスからの応えはありませんでした。メイドが彼の仕事場に入るとジャーバイスは時計のすぐそばで横たわって死んでいました。彼の手には一番小さなハンマーとノミが、そして彼の顔には不思議な微笑がありました。

ジャーバイスの遺書が見つかりました。すべてはジュリアに遺されました。ただ、その時点で彼が残したものといえば、彼の古びた仕事場と道具、そして、いまだに完成されていない時計でした。

彼が埋葬された日、ジュリアはひとりで彼の仕事場に行きました。彼女は時計のケースの繊細な彫刻に指を走らせました。彼女の洗練された目は、作業が残されている幾つかの個所を見落としませんでした。ジャーバイスがこしらえた小さく色とりどりの人形たちを手に取り、ジュリアは何年かぶりに、彼女が計画していた、人形達に命を与える緻密なからくりのことを思い起こしました。

彼女が仕事場から出てくると、ブリティンからのメッセンジャーに声をかけられました。ロード・ブリティッシュ陛下が、彼女に新しい種類の望遠鏡を創って欲しいというのです。「陛下には感謝の意をお伝えください。」彼女は答えました。「しかしながら、最初に仕上げなければならない先約の依頼品がございます。もし、ロード・ブリティッシュ陛下が...3年ほど後でしょうか、その頃に、もう一度お仕事をご依頼いただけるのなら、喜んで考えさせていただきましょう。」

それからの3年間、ミノックでジュリアはあまり見かけられませんでした。訪問者も受け付けず、召使も弟子も解雇して、残ったのは家の掃除と夕食を作らせる近所の老婦人だけでした。彼女自身の仕事場には誰もいませんでした。彼女は以前ジャーバイスが所有していた仕事場で働いていたのです。

そして、3年後、彼女はジャーバイスの仕事場のドアに重い錠前をかけました。そして、彼女のスタッフを再雇用し、依頼による仕事を再開することを公にしました。彼女の評判はブランクがあったにもかかわらず衰えることなく、以前にも増して忙しく、そして、国王の望遠鏡も作ることになりました。国王の仕事は彼女の都合に合わせて、待たされていたのでした。そして、それから何年も経った後、時々彼女は、たったひとりでジャーバイスの仕事場に入り、数時間もそこに留まるようになりました。その古い建物の中からはやさしい音楽が、通りすがりの人々にかすかに聞こえたそうです。でも、実際建物の中を見たことがある人によると、そこにはほとんど何もなく、ただひとつあったのは、部屋の隅にある背の高い箱かキャビネットのようなもので、それも厚い布で覆われていたそうです。

 

 
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