慈 悲: イオロと山賊
(Part 4 of 10)
イオロは吟遊詩人で、弓術に長けた自ら領地を持つ自由市民でした。友人からも信用され、ロード・ブリティッシュからの信頼も非常に厚い男でした。ですから危機があった時に村の人たちがイオロに頼ってくるのは不思議なことではありませんでした。
さて、その時人々を悩ませていた問題はエドリックという名のひとりの山賊で、こいつは付近の森林や山中の小道で悪事を働いていました。エドリックは非常に残忍な悪党で、犠牲者への敬意や命の重みなどまったく考えない男でした。盗みごとなど彼にとっては何でもないことでした。
そういう訳で、正直な商人や農夫達はイオロに助けを求めにやってきました。イオロは何の躊躇もせずにリュートを置き、その代わりに石弓を取りました。そして、妻にサヨナラのキスをすると、自分の馬達を働き者の妻に託して家を出ました。そして、この地が殺人者エドリックの脅威から開放されるまで自分は戻るまいと、ロード・ブリティッシュの名にかけて誓ったのでした。
イオロは何日間かの追跡の後、やっと、エドリックの痕跡をみつけることができました。そして、切り立つ山間と谷間までこの悪党を追いつめたのです。ついに二人は小さな山あいの小さな村を遥かに見下ろす高い崖にやってきました。イオロがたった数分の距離に近づいた時、山賊は恐ろしく巧妙な計画を実行しました。一つの丸石を崖縁から転がしたのです。その石は、転がり落ちるたびに他の丸石や岩を巻き込み、ついにはこの小さな村に雪崩のように大量の岩石が滑り落ちるように仕向けられたのでした。これによって多くの家屋や商店はつぶされ、村と外部の世界を結ぶたったひとつの道すら閉ざされてしまいました。
イオロはこの大殺戮に唖然とし、彼の心はエドリックに対する果てしない怒りに燃えたぎりました。しかし、彼は一旦追跡をやめて、この危険な山道を降り、村へと向かいました。そこで何日もかかけて土砂に埋められた人々の救出作業をしたり、道の復興の手助けをしました。その間に、山賊は見事に逃げてしまい、また、悪行に戻ったのでした。
イオロは自分が納得するまで作業を続け、そして、また山賊の追跡を始めました。敵をまた追いつめるのにはさほどの時間は要しませんでした。しかし、今回はエドリックも大敵イオロとどうやって戦うかの準備をしていました。彼は、まずイオロをある森の町のそばにおびき寄せ、夜中に町を通り過ぎると同時にその町にたった一つしかない井戸に毒を入れたのです。翌日、イオロが町にやってくると、多くの住人が恐ろしい死の苦しみに悶えていました。今回もまた、イオロは山賊の追跡を中断し、病人や死にそうな人たちを世話して助け、井戸を清浄するために働いたのでした。エドリックはまたしてもこうして巧みに逃げることができたのです。
イオロが再び追跡を始めた時、彼の心は復讐に燃え、逃亡するエドリックを激しく追いつめました。白熱した追跡の中で、エドリックは人間の住む地域から必死に逃げ去りました(それはイオロの計画でした)。エドリックはついにある洞窟の口穴までたどり着き、洞窟の中に入ってイオロから逃れようと考えました。しかし、それは愚かな考えでした。というのもそれは洞窟などではなく、ダンジョンと呼ばれる太古の時代から世界に点在する変幻自在に入り組んだ恐ろしい穴の一つだったからです。このダンジョンはデスパイズ(軽蔑)と呼ばれるものでした。
さて、ダンジョンにはたくさんの危険が待ちうけていますが、しばらくしてイオロがデスパイズ・ダンジョンに入ると(彼は太古の場所を熟知していたので、エドリックより慎重に足を踏み入れました)、すぐに黒く裂けた落とし穴に出くわしました。そして、想像もできないような深い穴のずっとずっと下の方から、エドリックの助けを求める情けない泣き声が聞こえてきました。彼は、穴に落ちた時足を折ってしまったと助けを求めていました。
イオロはエドリックにこう叫びました。「喜んでロープを降ろそうと言いたいところだが、あいにくロープがないのだ。」それから、多分許される程度の冷酷さで「お望みならロープを取ってきてやっても良いが、戻るまで一週間ぐらいかかるかもしれぬ。」と言い足しました。
恐怖におののくエドリックは取り残されるのを恐れ、イオロに自分をひとり置いていかないでくれと叫びました。「あなたは詩人だし憐れみ深い男なんだから、ここまで降りて私を助けてくれ。おねがいだから!」と懇願しました。
イオロは、山賊の図々しさに呆れながらも、穴の縁に立ったままでいましたが、ついにこう言いました。「私の憐れみを長い間利用してきたお前に憐れみが何であるかが分かるはずもない。憐れみとは罪無き者にかけられるもの。子供や誠実な農夫に対してなら、私は喜んでこの穴を降りる危険を冒すだろう。しかし、お前のようなものには、憐れみとは何であるかを言える権利などみじんもない。お前にふさわしいのは公平な裁きだ!」そして、穴の奥底で泣きわめくエドリックにこう言い足しました。「しかしながら、私は裁判官でもなければ僧侶でもない、だから、お前にふさわしい程度の憐れみをかけてやろう。」
イオロは一言も言わずにダンジョンの外へ出て、大きな木まで行き、松葉杖として使うのに十分な長さの枝を切り取りました。イオロが穴に戻った時、エドリックはまだ泣きわめいていました。(今度は深い暗闇で何かが動く音が聞こえたと罵りながら叫んでいました。) そして、イオロは枝を投げ込みました。
「これがお前にふさわしい憐れみだ。これで、動くこともできずただ無力のまま死を待たなくてもいいのだ。さあ、水も、杖も、明かりも剣もあるのだから、はやく立ち上がって、できるものならそこから這い上がってみるがよい。でも、これだけは言っておく。晴れてお前が外に出ることができたとしたとしても、お前を外で待ち構えているのはこの私だ。」
山賊が泣くのを尻目に、イオロはダンジョンを躊躇なく出て行きました。しかし、彼はダンジョンの入り口が見えるところにキャンプをはって、注意深く二日間泊まり込みで待ち構えていました。そして3日目の朝、彼はテントをたたみ家に戻りました。その後、エドリックがデスパイズ・ダンジョンで死んだと言い切れる者は誰もいませんでしたが、ブルタニアで彼の噂を再び聞く者がなかったのも確かなことです。