ケンタウリへの旅
EPISODE 27:
プロホール・ザハロフは通路を離れ、第三ベイに入った。そこを本拠地にと考えていた。事実、彼は指令センターのそばで眠るよりも、ここに彼の本部を移すしたいと言い張っていた。ガーランド船長はそれには何も反論しなかった。彼は全く議論する余地がなかったのだ。エンジニア達と過ごす時間が多いほど、船の修理を容易にする助けになるとしたら、何の異議もないはずだった。
彼はメインのリクリエーション・ベイに入った。ほとんど人気はなかった。睡眠不足でやつれた彼の科学者の幾人かが、端の方でホロダーツをして遊んでいた。ほとんどの者が船のために働いているか、一日中眠っていた。彼等の多くが機能拡張のための薬剤を使用しており、何時間でも起きていられるのだが、いきなり深い眠りに陥ることになる。
彼は睡眠エリアを通りかかった。そこでは今や冷凍カプセルは使いやすい形に並べられ、ベッドと化していた。ほとんどのカプセルは空だったが、何人かがそこかしこで発作的な睡眠をむさぼっていた。彼は第三ベイの、科学班に属さない職員達も見かけた。セキュリティや医師、彼等の寝顔は疲れ切ったエンジニアの顔よりもおだやかだった。
彼はコースを変えて、ある一つの冷凍ベイに立ち寄った...おや。
「レイモンド。」彼の友人は目覚めており、睡眠ベイの低く暗い天井をうつろに眺めていた。彼はゆっくりとザハロフに焦点を合わせ直した。
「士官。」彼はすぐに起き上がった。「全て順調ですか?」
「うむ。」彼は語尾を濁した。この船が崩壊していくという状況下では「まぁね。」という表現に近かった。「引退する前にお茶でも飲みたいものだ、もしも付き合ってくれるならね。」
「もちろんですとも、将校。今夜はなかなか眠れそうにありません。」
ザハロフはベイの隅の裏手に歩いて行った。そこは仕切で区切られ、彼の本部のための手狭な空間を作り出していた。彼がベッドとして使っている冷凍カプセルの隣に、小さな白い金属製のテーブルと椅子二つが置かれていた。小さな棚には、彼が加熱用に使う赤いプラスチック製の水差しと棒が置かれていた。
「かけたまえ、」彼はテーブルを指した。レイモンドは自分の白髪をかきあげながら用心深く腰を下ろした。その人物はほぼザハロフと同年代で、二人はもう何年も仲が良かった。ザハロフは加熱用の棒をピッチャーに浸し、小さなお茶のカプセルを二つ沈めた。彼は小さなスピーカーユニットの「プレイ」ボタンを押し、ダイアルを合わせた。バッハの演奏が始まり、メロディがゆるやかに彼の周りにただよい出した。ザハロフは目を閉じた。
「このように辛い時は、この曲をかけることにしているんだ。そして音楽の波に乗り、より心地よい、静かな場所へと上っていく自分を思い浮かべるのだ。」彼はそこで言いよどんだ。
レイモンドはうなずいた。「良い音楽だ。崇高だね。さぁ、かけてくれ。私はいくらでも君に付き合うから。」
ザハロフは小さなカップにお茶を注ぎ、彼に手渡した。二人は腰を下ろし、しばらくの間だまって音楽に聞き入った。
「我々は着陸できると思うかね?」レイモンドの声はザハロフを空想から引きずり戻した。彼は答える前にお茶をすすった。
「人間のやることは...その多才さと知識には驚かされるものだ。わかるだろう、我々は原子をつかむこともできる。我々は何をしたらどうなるかもおおよそわかっている。やるのだ...できるさ。」
「あぁ、」レイモンドは答えた。彼はどんな時にザハロフの聞き役になれば良いかを知っているからこそ、ザハロフと仲が良いと言える。
「でも、それは研究所の中でのことだ。そこは管制がとれている。ここ...この場所ではいろいろなことが起こりすぎる。もしもユニティ号が研究所ならば、あるいは君か私が完全に支配しているなら...もちろん我々なら修理は可能だ。だが、ここはあまりに多くの人間が同乗していて、わからないことばかりだ。人間の動機づけというやつはまだまだ複雑なのだよ。彼は科学の先駆者としてはトップクラスだが、人間の心というのはいつでも科学的な支配には逆らうものだ。それに逆らおうともする。たとえ待ち受けているのが崩壊だとしてもな。」
「この船が良い例だ。我々はまた混沌に乗り上げようとしている。」彼はうなずいてお茶をすすった。「あまりに多くの種類の思惑が、この船には込められている。混乱し、計画性を失っている、ちょうど人類がそうであるように。」
「純粋ではないということかな。」レイモンドは静かに言った。
「そう、不純なのだ。動機が...科学でも探索でもなく、もっと多様化している。国家は人々に希望を与えるためにユニティに取り組んだのだが、国連の予算を使って実験を行い、権力の座に居たいがために参加した者もいる。もしも「惑星」に着くことができたら、事態は変わってほしいがね。」
「どのように?」
「科学的な真理に基づいての指導が望みだ。我々は科学に従えば幸福になれるということを皆に知らしめたい。乗組員はそれを意識するべきだ。」
レイモンドは合点してうなずいた。「大多数は従うでしょうな。この船には知識人が大勢いる。理性は命であると重んじ、政治から遠ざかろうとするような。あなたの論点に賛同してくれる人はたくさんいると思うのだが。ヤン博士でさえもが、統制されたセキュリティに関してあなたと同じような意見を述べているのを聞いたことがある。」
「むうぅ、私の意見では科学的な真理が人類を導くべきだと言うもので、ヤンの唱えるユートピアのような企みではないぞ。」
「でも、彼は理解者になり得るでしょう。ディアドラの部下はただ、ほとんどの時間を「温室」で過ごすのが自然だと思っているし。」レイモンドは無意識に出たジョークににやりとした。
「うむ、注意していてくれ、レイモンド。純粋な心だけが必要なのだ。最も透明なウォッカと同じくらいに純粋な。例えばこういうやつだ...。」彼はお茶のカップを置き、小さな引出しから、ラベルのない透明な液体の詰まったボトルを取り出した。彼の顔色が華やぎ、レイモンドの目がわずかに見開かれた。
「それを今開けてしまうのか?何も祝うことなどないのに。」
「何故、今ではいかん?もしも船が無事に辿り着けないなら、やってしまいたいね。極上のウォッカを蒸発させてしまう手はない。」彼はカップ二つに少量注ぎ込んだ。 「確信はそんなに低いのか?」
「高いさ。だが、こいつは長持ちする。」彼はウォッカを飲み干し、しばしうれしそうな目つきをした。「それに、あっちに着いた時のために最後の一口は取っておくさ。」
「最後の最後のボトルだぞ。考えても見ろ。」レイモンドはまるで幻惑されたかのようにカップを見つめた。ザハロフはそのカップに手を伸ばし、彼の肩口につきつけた。
「我々はもっと作るさ!「惑星」に地球を造りあげるのだ。だが新しい視点と科学の純粋さにおいて。これは歴史上、この天体の中でも最も偉大な可能性ではないか!」
「それでも、地球のウォッカとは違うがね。これが最後だ。最後の正気な思想という訳だ。」ザハロフは静かに笑った。「これが正気に戻してくれるとは皮肉なものだ。飲みたまえ。」彼はせっついた。
レイモンドは一口すすった。いつもの彼のやり方ではなかったが、彼はその酒を神々の酒であるかのように扱いたかったのだ。ザハロフは彼を見守った。
「地球のことはあまり考えすぎるな、レイモンド。辛すぎる。君には穏やかな面もある、だがいつも甘く考えるのが得策とは言えないぞ。地球について思いめぐらし、我々全員が路頭に迷ったとしてみろ、我々の魂はどこに行けばいい?新しい世界を思い描き、できるだけ新しい知識を得るしかないのだ。」
「わかっているとも。」
「我々の視点はまだ純粋だ。部下を前向きにさせ、研究させ、学ばせるのだ。そうすれば憂鬱は薄らぎ、より大きな目標に導いてくれるとも。」
「そうだな。」レイモンドは言い、ウォッカをすすった。その厚さが彼を襲うのを感じていた。
「船は直るとも。」ザハロフは、まるで彼の意識下で、彼の目の前で中に浮いていた疑問に答えるかのように答えた。「技術はある。」
「そうだな。」レイモンドはカップを差し上げ、二人は乾杯し、透明なスピリッツに飲み込まれた。
船内ログ、
プロホール・ザハロフの記録
「地球は心のゆりかごだ。だが、誰もいつまでもゆりかごの中にいるわけにはいかない。」
コンスタンチン・ツィオロフスキー、
ロケット学の父、
データリンクより。